元落ちこぼれ証券マンが、憧れだった経営者になるも、4年で2度の倒産寸前から、月収100万円を達成した、年収3億円を自動で稼ぐ20代実業家に出会って人生が逆転した物語

こんにちは、トキです。

この記事では、僕の自己紹介も兼ねて

某大手証券会社で、
仕事が出来なさすぎて落ちこぼれ、
仕事が出来ないのを周りのせいにして、
上司には、「もう会社に来なくていい」と帰らされていた僕が、



逃げるように地元に帰って、
貯めていたお金で、憧れだった経営者になるも、
全然思い通りに行かず、倒産寸前。


そこから、
インターネットを使って3億円を稼ぐ実業家との出会いにより、
収入が倍々ゲームになっていった過程を
順番通りに暴露していきます。


この記事を読む前と、最後まで読んだ後では
確実に、世の中のお金の動き方や流れが分かり、
世界の見え方が変わります


具体的に言うと、

世の中の会社や個人が、
SNSやサイトという
インターネットという媒体を使って仕掛けを作り
「あ〜!
 こうやってお金を稼いでんのか〜!」
っていう自動で売上を上げるための仕組みが見えるようになる。



これだけ聞くと、

自動で売り上げを上げる?
は?どういうこと?
怪しい!

詐欺か?

って思う人が大半じゃないかな?と思います。

僕自身も、
インターネットビジネスについて
きちんと勉強するまでは、



ネットで稼ぐとか怪しすぎる!
それ本当に稼いでんの?
ねずみ講か?
なんか怖いな…
もしかして詐欺?
って思ってましたし、



そういうよくわからん世界には
手を出さないでおこうと
思っていた人間です。




なぜそう思っていたのか?



それは、
僕がその世界のことについて
なんにも知らなかったからです。




人は、知らないことに関して
怪しいや怖いと思うようにできてるんですね。





僕もインターネットビジネスという
知らない世界について
なんか怪しいし怖いから
関わらないでおこうと
完全にそういう目線で見てました。


とはいえ、
知らないことを知らないままにするのって
後味悪くないですか?


あの時、こうしていれば………このこと知っていれば………
なんて思ったことありません?


今となっては、
もっと早くインターネットビジネスというものに
出会えていたら、知っていたら
もっと人生変わっていただろうなと思ってます。



後から、詳しく書きますが、
僕の年齢は現在30代です。


飲食店経営(牛タン屋)と
インターネットビジネスを
やっています。


飲食店のスタッフに、
大学生の子が3人いて


その子達に、
インターネットビジネスについて
教えてあげたりするんですが、


僕自身も、大学生の時に、
周りに今現在の僕のような
教えてくれる大人が居てくれていたらなぁって思います。



僕が、大学生に戻って、
現在のように
インターネットビジネスで
お金を稼げるようになったとしたら、



就職活動もする必要なかったし、
若い頃から、
彼女と旅行なんかも
バンバン行きまくれて絶対楽しかっただろうなぁ
って思うんですよね。



今の人生には正直、満足はしていますが、
できることであれば、
20歳の頃から、
やりたかったなぁと思うことはありますね。




そう思っても、時間を巻き戻せるわけではないですが、



30歳を超えて、
今さらパソコンとか…って思いましたけれども、


どうせ人生一度きりだし、
今は人生100年時代だから、
まだ人生の3分の1しか終わってない。


まだ3分の2があるぐらいだったら、
始めてみようかな、
やり始めるなら今しかない!!
って思って


僕はインターネットビジネスを始めました。


そんな流れで、
インターネットビジネスを始めたトキが、


どういう葛藤や経緯で
インターネットビジネスに挑戦し始めたのか?

知識も経験も人脈もゼロの状態から
具体的にどんなことから初めて、何をして


月収100万円稼げる状態にまで進化したのか?

この過程を時系列にして、

物語としてまとめました。




では、物語に入る前に、簡単に

僕がどんな人間なのかを紹介していきます。

・現在5年半、飲食店(牛タン屋)を経営

・インターネットビジネスを始めて、
 たった1か月後には収益化に成功

・ネット上に仕組みを構築して、
 商品を販売すると、自動で2分後には収益発生

・1月あたり約100万ほどの収入

・飲食店経営がしんどかった時に、
 元OLで月収400万円稼ぐ女性起業家との
 出会いを発端に、
 400万でも意味不明なのに、
 24歳にして月収1200万円を稼ぐ起業家
 20代で資産10億over年収3億円を
 自動で稼ぐ実業家という
 バケモノみたいな人に出会い、
 常識がぶっ壊れる。



現在は、年収1億に向けて活動しています。

今でこそ、
起業して2つの事業をやっていて、
こんなこと言ってますが、
昔は、くそ雑魚人間でした。

コミュニケーション能力が低すぎて
 トイレの場所を聞けず、
 スキー場で、う〇〇を漏らす。
 (お食事中の方は、すいません汗)

・青春時代、
 クラスメイトから
 「卑猥な眉毛」と3年間馬鹿にされる毎日。
 好きな人に初めて告白しようとするも
 喋り方がキモくて、断られる以前に、
 ブチ切れられて、それ以降絶交される。

・就活で周りの友人が
 3.4社と企業の内定をバンバン取る中、
 自分だけ
 エントリーシートやWebテストで落ち続ける。
 
・証券会社で
 仕事が出来なさ過ぎて、
 毎日のように、上司から
 「もう帰っていいよ、明日から来なくていいから」
 と言われて、会社から放り出されて、
 実際に帰らされる。

・奇跡的に偶然付き合えた女の子に、
 結婚する時には、
 「絶対ハリーウィンストンの指輪が欲しい」
 と言われていたけど、貧乏だったせいで
 愛想をつかされる。

・困った時にはいつも助けてくれていた
 祖父が入院し、車いす状態だったので、
 「ちょっと売店まで連れていって欲しい」と
 亡くなる前に最後のお願いをされた時、
 その後、すぐ仕事だったせいで
 「そんな時間ないわ」と
 15分もあれば行けた一生で一緒の最後の買い物、
 そんな小さなお願いさえも
 叶えてあげることができない

・飲食店を開業して4年で2回も
 倒産寸前に追い込まれ
 死のうと考えたことも何度もあった



こんな人間だった頃から、
どうやって月収100万円を超える収入を
稼げるようになったのかを
物語として暴露していきます。

  

 

自分に素直になれない子供爆誕の少年時代

福井県という田舎で生まれ、
生まれて間もなく、両親は離婚。

父親側に引き取られ、
世の中では珍しい
シングルファーザー家庭
祖父祖母に育てられました。



家庭環境としては、
ごく普通の家庭で
父は、眼鏡製造会社で働くサラリーマン
祖父は、自営業でタクシーの運転手をしていた。



収入の面では、
祖父が70歳を超えるまで働いていたので
平均世帯だったように思うけど、


父祖父ともに、
「貧乏暇なし」と言っていたのをよく耳にしていたので
子供ながらに、そんなにお金がある家庭ではないと感じていた。


そんな言葉をよく耳にしていたせいか、
たまにする外食での話。



最近では
テレビのケンミンショーに取り上げられている
B級グルメ某かつ丼メインの洋食屋さんに行った時のことである。


メニューには、
値段が安いのから見ていくと、
カツ丼
ガッツ丼
カツ丼定食
ステーキなど様々あって


悩んでいると、


当然、父や祖父祖母は、

「たまにしかできない外食だから、
なんでも好きなの食べなさい」
と言ってくれるのだが、


大体3人ともカツ丼を注文する。


まだ子供ながら、
いつも「貧乏暇なし」「お金がない」
という言葉を
よく耳にしていた僕にとっては、


カツ丼以上の注文は、しにくいわけだ。


チェーン店である、ステーキ屋さんに行った時もそう。



「国産のステーキ肉を食べてみたいな~」
「柔らかいんだろうな~」と思っても、


家族みんな、
外国産のステーキ肉を食べているから、
3000円以上する国産のステーキを食べたいなんて
「なんか申しわけないな…」と思って、
口が裂けても言えなかった。




実際、大人になるまで国産ステーキは食べたことがなかった。



「素直に、これが食べたい!」ということも、
言えない少年時代だった。


そんな素直なことも言えないから、
父とスキー場に行った時に、
ある事件が起きる。


冒頭でも書いた、
う〇〇を漏らす事件である。



父からは、
「貧乏暇なし」「お金がない」
これの他に、
もう一つ口癖があった。

「目と鼻と耳と口があるんだから、
探して、聞いて、話して、自分でなんとかしなさい」



今となっては、それは最もだと思うし
それもあって今があるとも言えるけど、


当時小学生だった僕にとって、
見知らぬ場所に初めて行って、
自分でトイレの場所を聞くのは、
ハードルが高すぎた。


父にトイレはどこ?と
聞けばいいだけなのに聞けない状況
探しても探してもトイレが見つからない…


最終手段として、
お尻の穴をギュッと閉めながら、
屋外の人気のない場所に行って、
ズボンを下げた瞬間、


我慢しきれずパンツの中で
「ブリブリブリっ」と
出てしまったのだ。



「トイレに行きたい」って
素直にたった一言、
言えばいいだけの話である。


「お金がない」と常々聞かされていたがために、
生理現象のことでさえ、素直になれない子供だった。


それらは、少年時代の僕の性格を歪めるには十分でした。
コミュ障で素直じゃない子供の誕生です。



今ではこんなことをあっさり書いてますが、

大人になっても、コミュ障がなおらず、
人と喋るのが超絶苦手だった。

そんな中で、
顔も出さず本名も出さずに、
お金を稼ぐことができる
インターネットビジネスが非常に魅力的に見えて、
インターネットビジネスを始めるきっかけになった。

劣等感だらけの青春

結論から話すと、

僕が起業したのは、
先述した少年時代や
今回話す青春時代での
コンプレックスを払拭したかったからです。


僕は、3年間クラスメイトから馬鹿にされ、
そして全然モテませんでした。



綺麗事を言うつもりはありません。


この時のトラウマを払拭したいがために、
エリートだと思っていた証券会社にも努力して入ったし、
起業もしました。


素直になれない少年時代を過ごした僕は、
素直になるどころか、
卑屈さに磨きがかかり、


自分を守るために、
プライドばかりアホほど高くなって、


それが気に障ったのか、
ゲジゲジだった眉毛を
「卑猥な眉毛」と3年間馬鹿にされ続けました。



本当は仲良くしたいのに、素直になれず、
「卑猥な眉毛ってなんだよ!
 眉毛なんて別にこれでいいだろ!」
みたいなことを言ってました。
強がっていたんですね。



この当時、僕は野球部に所属していて、

監督からは、
「眉毛をいじるな
いじってるやつは試合に出さん!!」
上級生からは、
「眉毛いじってる奴は、ケツバットだ!!」

と言われていたにもかかわらず、



そういったリスクがあるのを承知で、
馬鹿にされたくなくて、
なるべくわからな~~いように
眉毛を整えたりもしてました。



そんなクラスで馬鹿にされるような奴が、
モテるはずもなく、
全然モテなかったんですが、



当時、好きだった女の子がいました。


見た目は、
身長160センチくらいで
髪型は本田翼のようなセミロング
スタイルはモデル体型で

性格は

卑猥な眉毛といじられている僕にも、
優しく接してくれたし、
「いじり過ぎじゃない」って庇ってくれた。
移動教室があった時も、
忘れた教科書を見せてくれて良くしてくれた。


そんな女の子のことが、ちょっとずつ気になり、
好きになっていったんです。



そんな優しく接してくれて好きだった女の子も、
周りのエリートに
全て良いところは持っていかれました。


馬鹿にされ続けてるから
自分に自信が持てず、
素直に言えないんですよ。
「好きです」って事すらも。


告白する前から、
「卑猥な眉毛の彼女になるのなんて
嫌じゃないだろうか…」
「断られたらどうしよう…」
「断られたら、この楽しい時間が終わっちゃう…」
「断られたら、学校でどんな顔して合えばいいんだろう…」

って思考が頭を巡ってしまい、
中々告白することができなかった。


3年間好きで、
もうすぐ進路を決めなきゃって時に、
ヤマキシという彼女の家近くのホームセンター駐車場に呼んで、
勇気を出して初告白しようとしたんですけど、


相手が「好きです」っていう言葉を
待ってたかどうかは
今となっては、分かりませんが、


いつまでもモゴモゴ、
もじもじしていた僕に対して、
ブチ切れて、絶交されました。


「もじもじしてて男らしくない」
「キモい、無理」




あぁ…おわった………



3年間の思いが、
一瞬にして泡となって消えた。



その後に聞いた話だが、
その女の子は他の男と付き合い始め、
付き合い始めた男というのは、



クラスの人気者で、
女の子側から
バンバン告白されるようなイケメンで、
休み時間には
勉強を教えてと言われる頭の良さ、
スポーツでも、
県選抜に選ばれる優等生



今の僕が持っていない
全てを兼ね備えた、
エリートというに相応しい男だった。






僕がエリートだったら
馬鹿にもされず、
他の男に取られなかったんじゃないか…
好きだった女の子とも付き合えたんじゃないか…

平等と謳う社会と、残念ながら不平等すぎる社会とのギャップ

そう思った僕は、
エリートという肩書きが欲しかったので、
僕は愛知県の大学に進学しました。


でも、入試では受かるレベルの
頭脳を持っていなかったので、
推薦で入ることに成功します。


小論文を書く推薦入試だったため、
「起承転結」で文章を書かないといけないわけですが、
書き方が全く理解できず、


書けども書けども、
書いた文章には9割赤線の訂正だらけ



国語の先生に、
1か月間みっちり練習に付き合ってもらい、
なんとか合格したけど、


先生から、
「推薦者の中で、
推薦なのにも関わらず、
落ちるんじゃないのって思うくらい、
一番心配だったよ」


と言われるぐらいに、
文章が書けない頭の悪さだった。






いざ大学に入ると、
エリートという肩書きを
得るために入ったのに、
自信が出ると思っていたけど、
僕のコンプレックスはより加速した。

なぜかというと、


私立大学だったせいか、
アルマーニのスーツを着ている友達や、
某大企業製紙会社社長の御曹司
タワマンに住んでいたり
高級車クラウンを乗り回す



俗にいう親が富裕層のエリートと出会います。



かたや僕は、
私立大学に行かせてもらっている
一般家庭だったので、


生活費なんかは
自分で稼がないといけなかった。


当時、
時給850円が普通だったけど、
時給1000円の
紹介でしか入れない
TV局のアルバイトを
たまたま
エリートの友人に紹介してもらってやってました。



このバイトの良かったところは、
中継に行くとアルバイトの分も
食事の用意をしてくれるところですね。



アルバイトの時には、
ご飯が食べれていたけど、



大学で昼にエリートの友人から、
「トキ飯行こうよ!」って
誘われた時には、

「ちょっと予定あるから」 
とか
「ダイエットしてるんだ」
とごまかして、



行きたいな
楽しそうだな
本当は一緒に食べたいんだけど

って心の中では思ってたけど、



お金がなくて、
目先の楽しさよりも、お金を優先していた。


お金を守ることの方が大事だった。




今、強く思うのは大学生という
ホントに短い楽しい時間を、

お金がないということで、
後でも稼ぐことができる
お金を優先してしまい、
無駄にしてしまった。



当時、僕の主食は、
ぶっちゃけると「水」だった。


なぜ、水なのか?


安いからです。



ショッピングセンターのイオンの食品売り場近くに、
WAONカードやイオンカード持ってると無料で、
水を専用ボトルに入れてくれる装置があるの分かりますか?



こんなやつです



たしか専用ボトルが2Lサイズで
当時100円だったかしてたと思うんですけど、


一度買えばそれをずっと使えば、
無料で水がもらえるので、



ちょっとでも水代も節約したくて、
毎回ボトル6本持って水を入れに行ってました。



歩いて行ってたんで、
帰り道、くそ重いし手がめちゃくちゃ痛いんですよね…。


2Lが6本だと12キロ以上あるので、
水を入れてる袋が、
手に食い込んで
手に袋の跡がつくくらい、
赤くなって血が通わない部分は、
紫色になる。



他にも、



夏休みになると、


その裕福なエリートの友人達は、
オーストラリアに
1か月で70万ほどする短期留学に
行ってきて、



南国で日焼けしてきた格好で


見たこともない綺麗なビーチ
ホームステイ先でのパーティー
動物園でコアラを抱っこ
語学学校でできた海外の友人との記念写真とか
見せてくれたんですけど


「うわ~めっちゃ楽しそうだね~~」


と表向きではいう反面、


心の中では、
はあっ!?俺も行けるもんなら行きたいよ!」
「でも、そんなお金出してほしいなんて親に言えないしなぁ…」
「地味に見せつけてくんなよ」
「この坊ちゃん野郎どもめ」

なんで、世の中こんな不平等なんだよ



とか思ってました。
と同時に悔しかった。




自分はエリートではなかったけれど、
子供がもし出来たときには、
エリートと言われる立場になって欲しいから、
自分は頑張ろうと思い始めました。




その時、とある希望を思い出したのです。



親や学校の先生が言っていた
「良い学校に行って、良い企業に入れば、沢山お金が貰えて
安定した良い暮らしができるぞ」


エリートになることができるぞ

今となっては、
間違った教育だと思うし、
悪魔のような呪文ですが、
当時は、天使のような囁きだった。



世間知らずだった僕は、

絶対、大企業に入って、
お金持ちになり
エリートになるんだ!!
そして、
見返してやるんだ!!



と決意して、

3年生後半から始まる、
就活に臨みました。



しかし、そこでも苦渋を舐めます。



就活において
一番初めの、
エントリーシートやWebテストで落ちまくります。

頼む!!通ってくれ!!!!
という祈りが通じるはずもなく、



なんで自分だけこんな落ちるんや
頭悪いからか?
なにがあかんのや?



と焦りを抱える中で、
4年生になり、4月5月と過ぎ、
6月頃になると、
周りの友人は3社も4社も
バンバン内定を取っていき、
「どこから選ぼうかな~」って言ってるのに、


僕だけ未だに1社も受からず、
エントリーシートやWebテストをやり続けていました。

エントリーシートの
書き方が悪いのかな?



と思って、
大学の進路相談センターに行って、
何度も添削してもらったり、



webテストで分からなかった所、
特に、時事問題を調べたり、


今度は行けるだろ!


って思いながらやってきたけど
6月時点で僕の最高結果は2次面接でした。


こんだけ落ち続けると、
自信がなくなってくるんですよね。



自分は社会に要らないんだ…
別に、いなくていいんだ…


そんなこと思ってましたね。




しかし、
就活の結果でいうと、
某大手証券会社に入ることが出来ました。



その理由は、
一流企業にバンバン内定を取っていた
1歳年上の先輩に教えてもらったおかげなんです。


「この先輩に教えてもらったらいけるんじゃないか」
「もうこれしかない」と思いましたね。



すぐに連絡を取り、
その先輩に、ご飯をおごって具体的に教えてもらいました。



エントリーシートの書き方
(特にアピールポイント・志望動機)

面接でのポイント



エントリーシートの書き方には、
リクルートやマイナビなどのサイト、
大学では教えてくれない
審査に通るための書き方の
パターンがあることを知ります。




教えてもらった僕は、
今までの、エントリーシートを読み返しました。



教えてもらったことを踏まえて見てみると、






「そりゃあ、こんなんじゃ審査に通るわけないべ!」
って書き方でしたね。


教えてもらった書き方に直して、
エントリーシートを数社に送ってみると、



全ての会社から
面接への案内連絡がありました。



「すげえ、ほんまや、書き直しただけでこんなに通るなんて」
「なんでこんなことも知らんかったんやー」

この時に、
正しい知識を持ち、
正しい知識で実践することにより
結果は出る

ということを学び、
知識があるってチートだなと感じましたね。


その後、奇跡的に某大手証券会社に内定が決まります。




ご飯をおごった1000円は痛かったけど、
証券会社では、
大学での友人と比べて、
年収で100万以上、辞める時には多かったので、
1000円が100万円以上になって、
良い投資だったなーーと思います。




その後、
同時進行していた会社からも内定をもらいますが、

「老後2000万問題」とか
ニュースで言っていた時期だったこともあり、
「投資のことも学べるなら最高じゃん!」と思い、

某大手証券会社に就職します。

大手証券会社に就職、落ちこぼれの烙印


入社当初の僕は、

つ…ついに…
エリートになることができた…
エリートへの仲間入りだ!!
勝ち組だぜ!!
お金を貰いつつ、投資の事を学んで、
投資して金持ちになってやるぜ!!
そしたら、明るい未来が待ってる!




と、
そんな未来を想像しながら、
やる気と希望に満ち溢れていました。


今思えば、
大手企業に入社したことで
夢を見すぎていました。


思い描いていた理想や期待は、
現実とは程遠く、

地獄の日々の始まりでした。



親や学校の先生から、
「良い学校に行って、良い企業に入れば、沢山お金が貰えて
安定した良い暮らしができるぞ」
という教育を信じて、


金持ちになるためには大企業に入るしかない!
と、思ってようやく入れたけど、


入ってみると、実際のところ、




新入社員だと、特に他社と変わらない
手取りで20万行くか行かないかという給料。



仕事の内容は、

営業職として入ったので、



お客様に、株や投資信託、債券を売買してもらって、
手数料という数字を稼いでいくわけですが、


とにかく数字数字数字
お昼ご飯を食べるのさえ、
気が引けるほど朝から晩まで数字
休みの日も数字
夢に出てくるのも数字


に、追いかけ回される毎日でした。


もちろん数字が簡単に上げられる人は、
寝てようが、サボって遊んでようが
何をしてても分からなければ、会社ではヒーロー扱い。


だけど、逆に上げられなければ、
簡単に言うと、カス扱いです。



肝心の僕はというと、




後者のカス扱いでした。



始業時間8時30分の1時間前
7時30分には会社に行って
その日1日の数字を上げるための
計画書を出すんですが、


そこから1日の地獄が始まります




計画書を出すと、
上司から拷問と説教とダメ出しの連発

「本当にこの人の株売買で10万手数料上げるんやろうな?」
「昨日も、この人で上げるって言ってなかったか?」
「今月、トキが受け持ち分の外国債券1000万円分、
書いてないけど今日はどの人に買ってもらうんや?」
「この書いてある投資信託案件、
投資信託じゃなくって、
どうせ無理なんやから外国債券に回せよ」


そうなると、下にうつむきながら
「やります、上げます、わかりました」
というしかありませんでした。


このやり取りが終わり、
お客さんに会うために、
外出すると、
上司からの電話が1時間置きにかかり、
携帯電話が鳴りだします。



おそるおそる電話を取ると、

上司「数字はどうなってるんや、まだ1円も上がってないぞ!」
「朝、株で上げるって言ってた10万はどうした?」
「この計画書の外国債券の状況は?」
「もう10時になったけど、今なにしてるんや!?」


トキ「すみません、ちょうど今お客様の所に着いたところでして………
  後からかけなおさせて頂きます。」



商談が長引き、まだ商談中なのに
11時になると上司から電話がかかってきて
「さっきいってたお客様どうなった?
取れたか?まだお前だけ1円も上がってないぞ!」

トキ「すいません、まだお客様と商談中なんですが、
間もなく終わりそうです。」のやり取り後、


結果、契約が取れずに終わると、
「うわ~どうしよう~また説教か」
「電話かけなおしたくないよ~」


この流れが、
1日中無限ループします。


地獄の無限ループです。



で、その状況を変えたくて、
無我夢中で休日も働きだします。




でも、休日に働いても良いことなんて、
一つもないんですよね。



休日にお客さんの所に行っても、
「休みの日なのに何しに来たの?」
「今日は家族で予定があるからダメよ!」



そりゃあ家族の予定の合わせやすい
貴重な休日に行っても
門前払い食らいますよねって話ですし、


今思うと、投資をする側からみたら、
休みの日にまで働くってことは、


全然成績上がってないのかしら?
だとすると、
トキのアドバイスを受けて投資したら損するかも?



なんて思われても仕方ない行動をしていたわけです。


完全に
マイナスブランディングです。


投資家からしたら、
トキのアドバイス通りに投資したら儲けることができるかも?
実際に投資したら儲けることができた!
だから、またさらに追加で投資しよう!


こう思ってもらわないといけないのにです。


こんなこともわからずに、
当時の僕は、
思考停止状態のゴリゴリ営業訪問をかましてました。



無駄な時間の浪費をしていたわけです。



そんなことを続けていても、
数字が上がるはずもなく、
とある日に上司から支店長室に呼び出しを食らいます。



「今月もトキだけ全然数字上がってないぞ」
「大丈夫か?まだ若手だからと言って、甘えてると、
そのうちクビだぞ…」



「すみません………。」
「でも、それは
みんなのお客さんが
お金を沢山持ってるお客さんで良い人だからだ!」
「同期のA君のお客さんだって、
毎日株取引してくれる
良いお客さんが与えられてるからじゃないですか!」
「この前も、よく取引してくれているお客さんを
A君担当に変更してたじゃないですか!」


みたいな、負け惜しみを僕は返して、
泣きながら支店長室を後にしました。



と同時に、
「A君ごめん、
A君がめちゃめちゃ頑張って成績上げてたのは知ってるし、
頑張って結果を出してるから、
上司もそんなA君に良いお客さんを担当にしたんだよね」



どうしたら数字が上げられるのか全然わからないし、
自分ができないのを
周りのせいにしてたんですよね。




そんな上司とのやり取りした1か月ほど経った後、
ついに上司から、

もう帰っていいよ、明日から会社来なくていいから


と言われます。


トキ「!?!?!?!?……………………。」


衝撃すぎる言葉を食らって、頭がパニックになりました。



無言の僕に、
「出勤だけは、押しといてやるから、
数字上げられるようになるまで、会社に出てくるな!」



そう言われても、

何も返す言葉が見つからず、
うつむいたままだった僕は、

上司にスーツを鷲掴みにされ、
会社の外まで鞄と一緒に放り出されました。

社畜スパイラルの現在と未来

社会の構造、会社の構造は、
一生怒られ続ける人生
だと思った。


社内を見渡していると、
5歳年上や20歳年上の先輩も上司に怒られ、
その上司もさらに上の役員から怒られる。




僕が普段、
怒られているのが特別なのではなく、
日常的に起こっていて、当たり前なんだと思えた。



安心する気持ちもあったけれども、
そんな光景を見て、


この先、30歳40歳50歳になっても、
一生怒られ続けるんだ。



エリートなんて言葉だけで、
あんなの姿が良いだけで、
ただただ怒られて、
それでも辞めずに
肩書にしがみついている人間が多いんだなぁ…

と思った。





そして、
先輩や上司の顔を見ていると、

まったく生き生きしていない


それもそのはずだ。


僕のいた証券会社は、
世界金融危機リーマンショックが起こった時でも、
他の全ての証券会社が赤字の中、
黒字を出していた
という過去があった。



証券会社のシステムをいうと、
株や投資信託、債券を売買してもらった
手数料で会社は利益を得ている。

だから、
お客様には、
何回も何回も売買しまくって欲しいんですよね。




僕の会社がやっていた
犯罪まがいのグレーな手法でいうと、



A株を勧めて買ってもらった後、
A株を持ち続けた方が良いにも関わらず、
A株を売ってB株を買ってもらい、

もっと利益を得たいので、

その後、B株も売ってもらって、
さらにC株を買ってもらう。




正直お客様は、損をするけれど、
会社は、売買してもらった手数料で儲かるので、
そうやって短期的に、手数料を稼ぎまくっていた。




僕本人も、
ここまでとは言わないけど、
売買でお客様を損させて、
手数料稼ぎを行わざるをえず、
心が痛かった。



しかし、結果を出さないと
また上司に怒られて、
自分の心が病んでしまう。



僕はその時、
お客様の損と自分の生活や精神的な問題から
自分を優先してしまった。



僕は弱いし、
ダサくて情けない人間だったなと思います。



今思えば、その、
自分のためにというのは
ビジネスの原理原則からは反しているけれども、
当時サラリーマンの僕には、
逆らうことができなかった。



僕や先輩や上司も
嫌と思いつつも、
給料を沢山貰うためには、
それでも手数料を稼がないといけない。




という
闇の構図になっていた。



さらに、




証券会社というと、
大体3年に1回、遅くても5年に1回は
転勤を繰り返します。



社員の世帯持ちのほとんどの人が、
配偶者や子供と別居して、
出稼ぎにきていました。



愛する人と子供ができたら
上司や先輩、友人、親などから勧められて、
大体の人は、ローンを組んで、
家を建てたり、
マンションを買ったりすると思います。



ですが、
買ったはいいものの、


3年~5年で転勤になるので、
マイホームに、配偶者と子供をおいて
仕方なく単身赴任で他県に出稼ぎに出る。



でも、出稼ぎに出ると、
もし子供が幼児や小学生で小さく、
近くで、毎日の成長を見ていたい!
と思っていても毎日会えないわけです。



毎日会えないのを我慢して、
組んだローンを返すために、
出稼ぎで馬車馬のように働く。

そして会うために帰れるのは、多くても月に1回程度。


さらに、生活は奥さんからの小遣い制。

闇の構図
愛する配偶者&子供と別居
マイホームのローン
小遣い制


社畜スパイラルに苦しめられる
上司や先輩が大量にいました。


大手企業の地位を捨てる葛藤

会社では、
落ちこぼれの烙印を押され、カス扱い

頑張って、カスから脱却したとしても、
社畜スパイラルでの絶望の未来


これらをきっかけに辞めたいと思うようになります。




それと同時に、

ほんとに、こんな大手企業やめていいの?後悔しない?

親がお金がないと言いながらも
私立大学に通わせてくれて、

大学で苦渋を飲みながらも

努力して勝ち取った

大手企業社員という自分の財産を
一気に失うことになるんじゃないか?

という迷いが生まれてきたんです。


そんな葛藤を抱えながらも、
会社の人には話にくかったので、

家族に、会社辞めようと思うんだけど…
と言ってみたら、

「とりあえず、3年頑張ってみないと
 まだ、わからないでしょ!」
「もしかしたら、その頃には、会社のやり方も
自分の思いも、変わってるかもしれないよ。


と、またもや呪文をかけられます。


でも僕の心は悲鳴をあげてました。

こんな会社やってられるか!


仕事は全然楽しくないし、
人に損を承知で取引してもらうなんて、

やりがいなんてあったもんじゃない!


人から怒られる仕事がしたいんじゃなくて
人に喜んでもらえるような
仕事がしたいんだ!

と、心が叫んでいたんです。


転勤してきた同期入社女の子が自殺未遂

それからの僕は、
とりあえず3年の呪文を信じて、
仕事を続けますが、
仕事のやる気がまったく湧いてこない
無気力
になります。


社内で仕事をしていても
パソコン画面を眺めながら
ぼーっとしたり、


お客さんの所に行く外向に出ても、
公園のベンチで寝てサボったり、


会社に行くのが嫌すぎて、
仮病で会社サボったり、

自分で自分が嫌いになるほど
どうしようもない
クズなサラリーマンに成り果ててました



そんな状態の僕にも、
お構いなしに数字数字数字、
そして上司からは相変わらず、説教ラッシュ
を受けていると、



とある日に気づきます。





3か月程前に転勤してきた
同期入社の女の子が
最近出社していない……




気づいてから数日後、
その女の子が出社したと思ったら、
いつものデスクに座らず、
事務職のデスクに座ってました。



お昼休みに、
世話を焼いてくれていた事務員さんに事情を聞くと、
うつ病診断されて、
営業職から事務職に転換されたとのことでした。



しかもリストカットして、
自殺を図ろうとしたとのこと。



長袖の白シャツを着ていて、
分かりにくかったんですが、
取引用書類をその子に渡す時に、
ちらっと手首に包帯が巻かれているのが見えたので



あっホントなんだな
と思いました。



多分、
彼女も僕と同じように、
他県から来ていて、
まだ3か月くらいだったから、
会社の人以外、
喋られる友達も全然いない状況で、
相当しんどかったのかなと…。

そして、それを見て、
怖くなりました。



明日は我が身
いつか僕も同じ行動をとるかもしれない。
このまま一生この会社にいたら、

次は自分の番かもしれない


呪文からの解放、明るい未来と思いきや…

その後、
同期入社の女の子の自殺未遂事件と
3年が経過したことを
きっかけに、
証券会社から逃げるようにして退職し、実家に帰ります。



実家に帰ってから、
とりあえず募集していた
一部上場企業グループの工場に
大手証券会社で働いていたというブランドで
偶然受かり、勤めます。



そして、
まもなくして、
奇跡的に可愛い女の子と付き合い始めます。

よしよしキター!
これだよこれ!
俺はこういうのを人生で待っていた!

と思ったのも、束の間の出来事でした。




誰から見ても可愛いと言われる女の子で、
今まで周りの男性から
めちゃくちゃモテはやされていたので


「結婚する時は、
絶対にハリーウィンストンの指輪が欲しい」
と言ってました。



調べてみると、
安くても100万オーバー



やべえ、僕には無理だ………
他に良いのはないのか……



と思い調べて、
「ほら、こっちの○○の指輪の方が、今人気らしいよ!」


お金がないからこっちはどう?という
男として情けない発言をします。


僕には無理してさえも、
指輪に100万払えるお金はありませんでした。


これを境に、
貧乏デートを繰り返していた僕は、
愛想をつかされ別れます。



世の中、お金があるだけではダメだけど
お金がないとさらにダメなのが現実で
お金がないと結局愛情も伝わらないんだな…

と思いました。



さらに、
それだけでは終わらず、
負の連鎖が始まります。




仕事で腰を痛めます。


約10キロの製品を、
中腰の状態で前かがみになって
機械にセットする作業を、
1日12時間労働、
立ちっぱなしで300回、繰り返してました。



どんだけブラックな環境だよ…と思いますが事実です。


気づいた時には身体は蝕まれ、手遅れだった。



仕事から帰り
家のお風呂場で、
風呂イスに座り、
体を反らせて、
後方にかけていたタオルを取ろうとした瞬間


「ピキッッッ!!」

っという音とともに、腰に激痛が走る。


う…………動けない


今まで、経験したことがない痛みで、
動かそうとしても、
脳がそれを拒否る。


そんな痛みだった。



その日は、もしかしたら寝たら治るかも?
と、軽い気持ちで就寝し、翌日。


朝起きても腰の痛みは治っていない。



それもそのはず、
こうなる2週間ほど前から、
ずっと腰に違和感は感じていた。


それが、昨日のお風呂場での無理な体勢で、
痛みとして表面に出てきたわけだ。


酷使していてあげた、身体の悲鳴である。




翌日からも、そんな状態の中、
2日間我慢して仕事に出続け、
休みの日になって、近くの整形外科に行った。



症状を話し、レントゲンを撮ってもらう。
骨には、異常ないですし、
ただの腰の使い過ぎですね。と診断され、
なるべく腰を使わないようにしましょう。と言われる。



だけど、
会社に報告し、事を荒立てて、
労働災害(以降、略して労災)にしたくなかったこともあり、
自腹で診察料を払った。



なぜ、労災にしたくなかったかというと、
証券会社で貼られたレッテル、
落ちこぼれの烙印を押されたくなかったからだ。


特に工場という会社は
労災というものをめちゃくちゃ嫌います。



なぜなら、
労災が発生すると、
会社は労働基準監督署に報告をしなければならず、
悪質な場合、会社名が公表される可能性があるからです。


そうすると、
会社のイメージや信頼性の低下につながるため、
イメージ及び、信頼性を維持したい理由で、
労災保険の利用を嫌がる。




だから、世の中には、労災隠しという言葉が存在するわけですが、

労災を報告して会社名が公表された結果として、
会社は求人を出した際に、
応募者が来なくなる!!
というのを会社は避けたいわけです。


だから会社は、労災を嫌います。



なので僕は、
周りも同じ作業をしているのに、
なんでトキだけが……となって、
またカス扱い腫れ物扱いを受けたくなかった
だから、上司にも報告しなかった。


だけど、同じ仕事をしていて
腰痛になっている社員は大勢いました。


腰にコルセットを巻いて働く、
同年代の同僚や10歳ほど年上の先輩。



おそらく僕と同じ心境だったんだと思う。


ここから、
1か月ほど同じ作業を続けていたら、

立っていてしんどいのは言うまでもなく、
お昼休憩時に、
イス座っているだけでもしんどくなっていて、
もう日常生活で寝ている時以外、
常に腰からの痛みで身体全体が悲鳴を上げる状態になっていた。



何をしてても
全然楽しくないどころかとにかく腰が痛い
好きなカレーを食べてても、なんか美味しく感じない
唯一の楽しみは寝ること……


そんな灰色の人生になっていたので、
自分の生存本能が訴えていました。


このまま死にたくない……
もっと人生楽しみたい…





「もう会社や上司からの待遇なんてどうなってもいいや」
と腹をくくり、
上司に報告した。




診断書の提出を言い渡され、
前回とは違う病院で、MRI検査してもらったところ、
「筋・筋膜性腰痛」と診断され、
その診断書を上司に提出した。




ここから、
ちょっとでも腰の痛みを取りたくて、
整骨院や、鍼灸院に通い出しますが、
全然変わらず、
身体的にきつい日々が約1年続きます。



もう良くならないのかな……
とあきらめかけていた時に、




奇跡的に腕のいい
腰痛専門の整体の先生にかかり、
1か月半ほどで、元の状態の90%くらいにまで回復します。


ヨシ!
これからは、
腰痛で失った時間を取り戻す!!


と思っていた矢先、
突如、不幸が降りかかります。

祖父の死と後悔

心臓病で入退院を繰り返していた祖父が
他界しました。


この祖父の死が、
会社を辞め、起業をするきっかけになりました。

亡くなってしまったことは
しょうがないことですが、


仕事がすぐ後に控えていたせいで、
亡くなる前にされた
「最後のお願い」
も聞いてあげられなかった。


この頃の祖父は、
入退院を1,2か月スパンで
繰り返していたけど、



自宅に帰ってくると、
入院中に吸えなかったたばこを
スパスパ吸っていたので、
またいつものように
元気な祖父に会えるものだと思っていました。



この時入院していたのは、
2週間程度だったと思います。



そのうちのある日、
仕事前にお見舞いに行きました。


しばらく会話をした後、
仕事の時間が迫ってきていたので、
帰ろうとした時に、


祖父から
「売店まで連れて行って欲しい」
とお願いをされました。


その時の
僕の脳内はこんな感じです。

当時、祖父は車いす状態になっていたので、

今から車いすに乗ってもらって、
エレベータに乗って、
売店まで行って、
商品を選んで、商品を購入して、
帰ってくるとなると……
15分くらいか………


無理だ、もうそんな時間はない。


と思って、
「そんな時間ないわ」と言って、



病室を後にして、仕事に向かった。



この後、

祖父は瞬く間に衰弱し、
これが亡くなる前の「最後のお願い」になってしまった。


生前は、小さい頃から
よく祖父と一緒に買い物に行っていた。



僕が大人になって帰省してからも、
近くのスーパーに一緒に買い物に出かけたりしていた。


祖父が、自営業のタクシー運転手をやめてからは、
「買い物が、日常での唯一と言っていい、
楽しみだったんだと思う」


もしかしたら、祖父は悟っていたのかもしれない。
もう先は長くないかもって。



そんな楽しみを、
「最後に一緒に」っと思って、
お願いしてきたのに、
そんな「小さいお願い」も聞いてあげられなかった。



亡くなってから、
6年経つ今でも悔しい。
後悔している。




なんであの時、
聞いてあげなかったんだろう。
一緒に行ってあげなかったんだろう。
腰を破壊された仕事なんて、
休めばよかったじゃないか。


この会社で仕事をしていたら、
肉体労働だから、また、いつ腰を破壊されるか分からないし、
いつか親が亡くなる時も、
また同じことを繰り返すんじゃないか?


嫌だ、そんなの絶対嫌だ



でも、また逃げるのか?


この会社から逃げたところで、
また同じ苦しみを味わう繰り返しになるんじゃないのか?

なにかいい方法はないのか?


自問自答する日々が続くうちに、
一つの答えが出ました。

憧れだった経営者へ

証券マン時代に、
お客さんへ株を提案するため、
どんな株が良いのか色んな企業をめちゃくちゃ調べた。


そうしているうちに、
会社を経営するのってどんなんだろう?
と興味を持ち始め、

いつか自分で起業してみたいな…
そんなふうに漠然とした気持ちを持っていた。


現状を変えたい!
この工場にも自分の思い描く未来はない。
社畜スパイラルから抜け出さなきゃ人生後悔だらけで終わる!
と考えた僕は、

起業を選択します。


そして、牛タン屋をやり始めます。



牛タン屋をやり始めた理由は、

・知識や情報がなかった僕は、
 安易に想像できた飲食店というジャンルを選択
 (安易と書いたのには理由があります。後述)

・その中で、地域に1つもなかった牛タン屋にした

・小さな飲食店をする程度の資金が手元に貯まっていた





開業するにあたって、

メニュー構成はどうするか?
仕入れはどこからするか?
食材は何を使うか?


仙台、石川、岐阜、京都、大阪、愛知
など色んな県を周り、
日本最高値を出す牛の酪農家兼飲食店経営者、
日本最古の製塩職人、
一葱入魂のネギ農家さんに会ったり、

そして飲食店を食べ歩いて
料理を研究しました。


そして、
2017年10月に開業します。

4年で2度の倒産寸前


お客さんが全然来ない。

来る日も来る日もお客さんの数は、
1日一桁。

でも、
口コミと広告によって、
時間が経つにつれ、
それは解消されていった。



ランチ営業開始から
ランチ営業終了まで、
ずっと満席の時もあった。



だけど、
客数が増えて売上は上がっても、
その分、広告費と忙しくなった分の人件費で経費も増えて、
手元に全然利益が残らず、
赤字の月もあった。



それもそのはず。
某有名牛タンチェーン店よりも
安い値段で提供していた。




今思うと、
完全に、値段が安すぎた




値段安くしとかないと
お客さん来ないだろうし、

値段を上げると
お客さん減るかも。と、

ビビりまくって、
ずっと値段を据え置いていた。


でも、このままじゃやばい
倒産だ……


それを回避するためにネットで
なにか方法がないか調べまくった。



でも、なにも解決策は出てこない。


資金は尽きかけていて、
サラリーマンに戻った方がいいんじゃないか?
とも考えた。


またあの地獄の環境に戻るのか…
嫌だなぁ…
いっその死んだ方が楽になれるんじゃないか…



そんなことも考えだしていた時だった。




フェイスブックで、

「繁盛飲食店の作り方」みたいな内容の広告が
目に飛び込んできた。


また、いつもの怪しい詐欺のやつね
とスルーしようと思ったが、
気になった僕は、クリックしてみた。




すると、
飲食店倒産寸前の状態から、
某グルメ番組でジャンルランキング1位を獲得し、

現在は4店舗とフランチャイズ展開もして、
飲食コンサルタントとして、
飲食店コミュニティを立ち上げている。



そしてそのコミュニティへの参加者は、
なにやら、売り上げや利益が、
前年比で200%、300%増えたりしている……


という
参加者の声が、10件以上ズラズラと書かれていた。


なんだその世界は!!
だが、怪しい…
でも、気になる…



さらに読み進めていくと、
コミュニティはサブスクで運営しており、
月3万円かかるということと、
それが初月は無料で、
気に入らなければ、無料期間中に退会してください。
とのことだった。


そして、
申し込みはこちら
というボタンが設置されていた。


怪しいし、詐欺かなと思ったけど、
気に入らなければ、すぐ辞めたらいいし、
このまま何もしなかったら、
資金が尽きて倒産するだけだ!!と思った僕は、


次の瞬間には、
申込ボタンを押して、連絡先等を入力していた。


すると、入力したメールに
返信が届き、
やることリストが届いた。


半信半疑ながらも、
やることリストの中でも、
まず一つ目に乗っていた、
「月に10万利益を増やす方法」というのを、
そのまま実践したら、
月の利益が20万円ほど増えた。




やった内容を暴露すると、
先ほど値段が安すぎたと言ったが、
簡単に言うと、商品の値上げだった。



しかも、値段を上げたのに、
客数は変わらなかった。



それに味を占めた僕は、
次々とやることリストに書いてあることをしていった。

すると、半年後には、
売り上げが1.5倍、
利益は3倍ほどになっていた。


それとともに、仕事が楽しくなってきていた。


よし!!
これからもっと売上を上げていくんだ!!
と思っていたら、
コロナがやってきた。



忘れもしない。
前日2020年3月31日まで、一定数来ていたお客さんが、
2020年4月1日になった途端、パタリと来なくなった。

4月1日だけに、
エイプリルフールで
誰かが悪い噂でも流したのかと思っていた。
だけど翌日になっても、お客さんが全然来なかった。


4月の1週目は、こんな状態だったけど、
コミュニティに入ってマーケティングを学んでいた僕は、
2週目からは、コロナ禍の影響を受けつつも、
マーケティングを駆使して、挽回していった。


結果、
2020年は、コロナ禍にも関わらず、
過去最高売上、過去最高益を出した。




しかし、2021年、業績は急降下する。




何が起こったのか?



牛タンの急激な高騰だ。


世の中は、
2022年になって物価の高騰が
ニュースで頻繁に報道されるようになったが、
それに先立って、牛タン価格は高騰した。


2021年冬から徐々に上がり始め、
2021年夏に急激に上がり、
牛タン価格が約2.5倍にまで跳ね上がった。


その頃には、
お客さんが来れば来るほど、
料理を作れば作るほど、
赤字が増える赤字スパイラルに陥っていた。



なぜそうなったかというと、
どうせすぐ戻るだろうと決めつけて、
値段を変えずに静観していたからだ。



開業してから、2020年までの間でも、
毎月牛タン価格の上がり下がりがあったため、
いつものことのように思っていた。


多少上がったところで、
また戻るだろうと決めつけていた。


そう思っているうちに、
夏になり、夏になると急激に高騰し、
あっという間に2.5倍にまで跳ね上がっていた。


気づいた時には、
先ほど言った赤字スパイラルが
出来上がっていた。



正直、何から手をつけていいか分からなかったけど、
以前やったように、
とりあえず、利益が出るように値段を上げた。



すると、
目に見えるように日に日に客数が減っていった。




以前おこなった値上げの時は変わらなかったのに、
前回と違い、
なぜ今回は、
客数が変わってしまったのか理由がわからなかった。


理由がわからないから、
対処のしようがなかった。


今なら分かるが、
コミュニティで
マーケティングを学んでいたのではなく、
小手先のノウハウを学んでいただけだったからだ。



なんとなく、
こういうことをしたらいんじゃないか?
と思っても、
本当にそれをやって
効果が出るかわからない。
そう思って迷ってるうちに
時間だけが過ぎ、赤字も増えていった。


そして、2度目の倒産目前まで来ていた。


今回は、もうダメかもしれない…

年収3億を自動で稼ぐ20代実業家との出会い

諦めすに、今回も何をどうやったらいいか、
解決策はないか、ネットで調べていた。


そうもがいていた時に、一通のメルマガが届く。




内容は簡単にいうと、
ビジネスとは、マーケティングであり、
マーケティングをきちんと学べば、
マーケティング次第でビジネスの売上は数十倍にも変えられます。
それが、なるほど!!と思わされる。



そんな内容だった。


このメルマガは、
2021年4月にコミュニティにて開催されたTwitter講座がきっかけだった。


講師は、元OLで月収400万円稼ぐ女性起業家だった。

この時に、どんなことしてるんだろうと気になって
この女性起業家のメルマガに登録した。




そのメルマガの中で、師匠が紹介されており、
20代で年収3億を自動で稼ぐ
想像もできないバケモノ実業家だった。




自分より年下なのに、どうやって?
怪しすぎる…
月収400万でも意味不明なのに、年収3億?




どんな人なんだろう?と興味を持って、
バケモノ実業家のメルマガを登録した。



定期的にバケモノ実業家の
メルマガが届いていたけど、
レベルが高すぎて、
言っている意味が分からなすぎて、
ずっと未読スルーしていた。


だけど、
この時のメルマガは、なぜか目にとまって
久々に読んだのだった。


そして、
そのメルマガに、
マーケティング教材の案内があった。




価格は198,000円




一番初めに思った感想は、
た、高すぎる!!!!!


買うのを諦めた。


だけど、それを買って学べば、
今悩んでるお店の問題を解決できるかもしれない
という思いが、頭から離れなかった。


そんな思いで、
1日2日と悩んだ末に購入した。



そして、購入した日にこんな案内がメールに届いた。



購入者限定で、翌日都内、
六本木の会員制BARにて20時から懇親会を行います。
突然の案内ですが、
なかなか懇親会をする機会がないので、
直接質問したい方は、是非どうぞ。
参加費は1万円です。

とのことだった。



いまいち、
どんなことしてるのかわからないから怪しいけど、
参加したら本当に億を稼ぐ人なのかどうかわかる。


本当だったら、直接質問できる
こんなチャンスめったにない。
このチャンスは逃してなるものか。

と思い、




東京往復3万、宿泊代1万、参加費1万
の合計5万
痛いなぁ………
と思いながらも、
即申し込みを行った。




往路では、購入した教材を
音声で聞きながら向かった。



ドキドキしながら会場に着き、
入ると、
1人のオーラを放った男性がいました。
声を聞いた瞬間、教材の音声と同じだったので、



あっこの人だ!!


そして懇親会が始まりました。

いざ、話を聞いてみると、

わけわからんくらいにぶっ飛んでいた。

  • インターネットのサイト制作をして
    プロモーションやマーケティングを使って事業利益3億超え収入を自動化
  • スポーツ選手のセカンドキャリア支援
  • エステ会社の経営、化粧品の販売
  • アイドルやタレントのプロデュース
  • 受験の塾経営
  • 飲食や旅館、ジュエリーショップなど中小企業を経営コンサルして
    売り上げを数倍跳ね上げる
  • ○○国の王族と貿易
  • 政府関係者と共同事業

なにいってるの?

規格外すぎて意味が分からない

って感じでした。



とにかく、
自分で仕掛けたビジネスで稼ぎまくって
しかもお客さんにも感謝され喜んでもらって、
人生充実しまくっている。



ネット世界、リアル世界
両方で圧倒的な実力を持った実業家だった。



初めは、ネットで稼いでるって何?
実績なんてどうせ嘘っぱちで、
実店舗やってる自分の方が上じゃない?
と思ってたけど、



実際に話を聞いてみたら、
めちゃくちゃ賢かったし、
情報量がやばくて、
そりゃ稼げるだろうし、



自分みたいに小手先ノウハウを求めて
マーケティングを知った気になっていた
勉強していない経営者と


彼が戦ったら
自分は根こそぎ持っていかれて
破産するなっていう


格の違いを思い知らされました。



そして、話を聞けば聞くほど


自分の思っていた常識が
ボロボロと崩れていくのでした。

ネットを使えば、コストを最小限に大きく稼げる

実際に何をどうすれば、
そんなに稼げるの?


まず、その前に
知っておいて欲しいことがあります。と続けた。


世の中には、
稼ぎやすいジャンル
稼ぎにくいジャンルがあります。


稼ぎやすいジャンルは、金融とIT
稼ぎにくいジャンルの典型例は、
飲食店などの薄利多売のビジネスモデル
なんだと教えてくれた。


なぜ金融やITが稼ぎやすいのか?
金融は、分かりやすく銀行を想像してほしい。

お金があるだけで、
勝手に人が集まってきて、
それを貸したり、両替することで利益が得られるから。
原価が0円なわけだ。
そりゃあ儲かりますよって話。


だがこれを個人でやるのは難しいと話す。


たしかに、貸すお金数千億とか
両替するための外貨とか
そんなの資産家じゃないと厳しい。




ITは、ネットを使えば、
日本だけでなく世界中の人と、
一瞬でビジネスができ、

ネットに資産を構築することで、
それが365日24時間寝ずに働いてくれて、
レバレッジが効くから稼ぎやすい。

またコストがほとんどかからないから、
利益率が高く、手元に利益が残りやすい。



わかりやすく、
稼ぎにくいジャンルの飲食店と比較して話すと、



飲食店だと、
沢山の商品を売ろうと思ったら、
人を雇わないといけない。

雇ったはいいけど、体調不良で、欠勤しようものなら、
店が回らず、売上が落ちたりする。

そして、原価率は30%~50%かかり、
利益率が低いため、薄利多売となり、

人件費などのコストを差し引くと、
利益はごくわずか。



日本国内のそれぞれのジャンルの
一番大きい会社を見てみてもそれが言える。



ITはソフトバンク
年間売上9兆円、利益1兆円

外食産業はゼンショーホールディングス(すき家など)
年間売上6000億円、利益200億円

ITのソフトバンクが、
売上で15倍、利益では50倍


これだけの開きがある。




だから、僕のように稼ぎたいなら、
まずは、稼ぎやすいネットを使った
ビジネスをやるべきだと教えて下さった。



疑いようのない情報、
そして、衝撃的な事実だった。





そもそも、起業する一番初めに
飲食店を選択したことが大きな間違いだった
と思い知らされた。


僕が、牛タン屋をやり始めた理由で、
「安易に」と書いたのは、このためです。


飲食店だけやってても、
このままじゃ大して成功できずに人生終わるんじゃね?




僕は、ネットビジネスに興味津々になっていった。




ネットビジネス初心者は、
具体的にどんなことからしていけばいいんだ?
と思っていると、



その実業家は話を続けた。



「まだ、ネットビジネス始めてない人は、
アフィリエイトから始めましょう」



アフィリエイトというのは、

インターネット上で、
商品を販売代行することで、
売れたときに、
利益の一部が入って来るもの。


こんなやつです。
↓ ↓ ↓


ネットサーフィンしてると、
こんなの見たことありません?
色んなサイトは、こういうのを設置して
稼いでます。



いきなり、
アフィリエイトって言われても、
それも難しいと思うので、
まだ、1円も自分で稼ぐ経験をしたことがない人は、
まずは、自己完結で稼げる、
自己アフィリエイトできるサイトを教えます。



どんだけ色んなこと知ってんだよ…
知識量半端ねぇ…
この人はホンモノだ…




今、挙げたのは一例ですが
このようにネット上で
稼げる仕組みを構築する。

そして、それを複数作成していくことで
作れば作るほど、収入が伸びていきます。
と教えてくれた。


そんな世界があったんか!!
この人から教われば、
人生やり直せるんじゃね?

稼げるように変わるにはこれしかねえだろ!!


そう思い始めていた。


だけど、
現在はコンサル生は取っていませんとのことだった。

24歳で月収1200万を稼ぐ起業家に弟子入り

光明が見えたと思ったのに、
道が閉ざされた。


でも、今回ばかりは
心が折れるわけにはいかなかった。
絶対に諦めるわけにはいかなかった。



同時期に、
パートナーの妊娠が発覚したからだ。


めちゃくちゃ嬉しかった
その反面、
やばいやばいやばい…
めちゃくちゃ不安が押し寄せた。


このままじゃ、僕が子供の時以上に、
お金がない生活を余儀なくさせ、



僕のようなプライドだけ高い
素直になれない子供に育ってしまうかもしれない…


そのせいで、
僕はめちゃくちゃ劣等感を抱く時代を送った。


そんな思いを子供にはさせたくなかった。






誰か…直接教えてくれる人はいないのか…


そんな風にネットを彷徨っている時に、思い出す。



懇親会で、3億実業家の隣に居て、
親密に教えていた人の事を。


懇親会では、
アイドルの卵をプロデュースしたりとか、
キャバ嬢をコンサルしていますと話されていた。



この人も、僕の頭では
理解不能、意味不明。
異次元な発言も連発していた。


異次元な発言内容は、こんな感じ。

「大富豪ロスチャイルド家から学ぶビジネス商法」
「江戸時代の身分制度から読み解くビジネス戦略」
「イオンモールは、
小売業ではなく、○○業で儲けている話」



だから、
直感でビジネスについて詳しいと感じていた。



もしかしたら、
その人だったら直接教えてくれるんじゃないか?


という希望を抱きながら、

探してみると、
その人のSNSアカウントを発見した。
それが、24歳で月収1200万稼ぐ起業家


即、公式LINEに登録した。





すると、
たまたま2日後に、

「5名限定、ちょっとした無料コンサルします」
という題名で案内が届いた。


うおおおおおおお
願ってもないチャンス!!!

やばいやばい…


と思いながら、
即、返信した。
送って欲しい内容に、
自己紹介等があったのでそれも返信した。



すると、すぐ返事が届く。



「僕と懇親会で会ってますよね?」


はい、そうですw


覚えて下さっていたため、
笑って返信してしまった。



そんなやり取り後、
翌日、ZOOMで無料コンサルを受けられることになった。


そこでは、


今の状況、悩みを話したところ、
これからどのように行動していけばいいのか
具体的に全て教えてくれた。


無料なのにこんなに教えてくれるの~
これが無料ってやばくない?





直感通り、
僕よりも10個以上年下なのに、
めちゃめちゃビジネスについて詳しかった。



この時、僕は決心した。



この人にビジネスを教わりたい!
このチャンス逃したら絶対だめだ!!
やるしかねぇ!!!!


そんな感情を燃え滾らせ、
気が付いたら、その起業家に
頭を下げて、弟子入りを志願していた。


すると、起業家は言いました。

「200万かかりますけど、
いいですか?
僕、めっちゃ厳しいですよ!
年上とか気にせずに言いますよ!」


に、に……200万!?!?

一瞬、金額にビビったけど、
これから続く人生が200万で変えられるなら


と思って、
次の瞬間には、
振込先を聞いて、
目の前で、ネットバンクからお金振り込んで、


その起業家に、弟子入りを果たした。

1か月半で結果が出て、心震える

起業家に弟子入りしてからは、

ネットビジネスが
僕にとって、
将来の希望になってくれたおかげで、
不安だらけだった毎日が楽しくなり、
精神状態もかなり改善されました。

未来に希望があるかどうかで
自分の精神状態はこんなにも変わるのか…


そんなことを実感しながら、
僕は師匠から知識を学び、
実践を繰り返しました。



そうしたら、
たった1か月半後には、

成果が出ちゃいました


マジかよ


成果が出るまでは、
信じてはいたけど、
ホントにこんなんでお金稼げるの?って
思っちゃってました。


学んだ知識はホンモノでした



この時したことは、

学んだ知識を
動画コンテンツとして作成し、
それを販売してくれる
サイトに置いとけば、
勝手に売ってくれる。

ってことをやりました。




ネットに苦手意識を
持っていた僕は、

最初は、動画を作る?
そもそも動画なんて編集とかできないぞ!
どうやってやるんだ?
って思ってましたけど、


師匠の真似をするだけだったんで、
頭が悪い僕でも簡単でした。



すげえな、ネットビジネス!
苦手でも頭の悪い自分でも
お金が稼げるようになるなんて…




これを量産していけば、
自ずと、収入も上がるのか!


学んだ知識を、
牛タン屋にも転用したら月収100万円


学んだ知識は、正直な話、
これ知らなかったら、
運頼みでお金を稼いでいくことしかできないだろ!
ってことばかりでした。


要訳すると、
僕のようにビジネスをしているなら、

どうやったら人が集まってくる?
どうやったら人は商品が欲しくなる?
どうやったら人が商品を買ってしまう?
どうやったらリピートしてくれる?


もっと詳しく、店舗ビジネスの飲食店を例にあげると

どうやったらお客さん来てくれる?
どうやったらその料理が食べたくなっちゃう?
どうやったらその料理を注文してしまう?
どうやったらまた来てくれる?


これを知ってるか、知らないかだけで
そりゃあ、結果として稼げるお金も変わるよね。


ビジネスの原理原則ビジネスの本質の話です。



これを学んで、
飲食店事業の牛タン屋にも生かしたら、
月収が100万円になっていた。


すげー嬉しかった。
初の月収100万超え。



他にも学んだことがあった。

証券会社に入って、
よっしゃーー、大手企業だから安泰だー、金持ちになれるぞー
なんて希望と幻想を持っていたけど、
サラリーマンにそんなものないなってのもしっかり理解できた。


話はシンプルで、
サラリーマンというのは、
時間という商品を売って、
その対価としてお金を得ている。


もっというと、会社が得た利益から、
その一部を給料としてお金を分け与えてもらってる。


大手企業だからって、
いつ潰れるかなんてわからない。
だから、会社からしたらお金を残しておきたいから、
沢山のお金をサラリーマンに
払うわけないよねって話だった。


経営者からしてもそうだ。
沢山のお金を総取りしたいし、
社員が給料少ないって思うんなら、
自分でお金を稼いだらいい。
自然な発想だ。


自分でお金を稼げないから、
身体一つしかないのに時間という商品を売って
対価の給料を得るという行動をしているわけで、


商品を量産できないから、
そりゃあ、お金に苦しい思いを
しなければいけないというのも理解できた。




転職もして、起業もして、
苦しい思いをしてきたからわかるけど、

お金持ちになりたい
自由な生活を送りたい
好きな時に寝たり、
好きな物食べたり、
好きな時に旅行に行ったりしたい

と思うなら、



正しい知識を得て、
それを正しく実践して
正しい改善を繰り返す。



必要なのは、
これだけだなって思います。


結局のところ、これをやるかどうか。
未来を恐れずに、一歩踏み出せるかどうか。
行動するかどうか。



そんだけの差です。

人生は変えられる

最後に、
なぜブログで
こんな話をしたのか
理由を話します。


それは、
世の中の一生続く
労働地獄から逃れられない人達の
希望になる!!


と思ったからです。



会社員時代もそうでしたが、
起業してからも、
まずお金を稼ぐためには、労働するしかない!
と思ってましたし、


当たり前かもしれないけど、
こんなのいつまでもやりたくない!
と思ってました。


お金を得るためには
生活していくためには
ほとんどの人が、
労働することを
渋々自分に言い聞かせて
色んな事を我慢して
諦めた人生を送っていく。


僕は、これが本当に嫌だった。



なんか抜け道はないか
解決する手はないか
グレーでもいい


そんな時に、出会ったのが
インターネットビジネスだった。


ここまで読んでくれた人には
わかると思うけど、
グレーでも何でもない。
真っ当なビジネスだ。


真っ当に勉強して、
正しい知識を学び
それを正しく実践していく。


もちろん努力は必要だ。


僕も、初めは片耳にイヤホン突っ込んだまま、
音声を聞いて、毎日仕事をしながら、
知識を学んだ。

それだけじゃ足りないと思って、
通勤の時は、車のオーディオに繋いで学んだし、
お風呂に入る時は、スピーカーに繋いで学んだ。


そうしてたら、1か月半後には結果が出た。



クリックするだけ。
たった5分で。
といった


そもそもそんな胡散臭い
稼げるかわからん詐欺まがいのビジネスとは違うし、
口が裂けても同じようなことは言えない。


インターネットビジネスは、
稼げるビジネスであり、
稼ぎやすいビジネスだ。


それを身をもって証明していくために、
ブログを運営していきます。



僕は、子供の時からコミュ障で、
プライドだけが高くて、
いじめられたりして、
劣等感の塊
になりました。

今生きてる人生の半分以上を、
その劣等感を持ったまま生きてきました。


本当は、
もっと素直になりたかったし、
友達とも仲良くなりたかったし、
わいわい学校生活を送りたかったし、
もっというと、
世の中の人に必要とされ、
世の中の人に喜んでもらえる


そんな、もっと楽しい人生を謳歌したいと思っていた。




自分の親や先生が

「良い学校に行って、良い企業に入れば、沢山お金が貰えて
安定した暮らしができるぞ」という教え

「とありえず3年」という教え


そんな教えを信じて突き進んだら、

大学では、
嫌というほど、家庭の貧富の差を見せつけられて、
悔しい思いをし、


企業に入ってからは、
落ちこぼれの烙印のレッテルを貼られ、
同期は、社畜スパイラルで精神やられて、自殺未遂までした。


そんな社会が嫌で、
飲食店を開業したけど、
そもそも飲食店という稼ぎにくいビジネスに
時間とお金をかけてしまったばかりか、
自分の知識がなさ過ぎて、
4年で2度も倒産寸前を経験した。


だけど、知識を得たことで、
ネットビジネスを始めて、
楽しい未来へのスタートが切れたし、
飲食店も回復しました。



この世の中は知識ゲーです。


知ってれば、
お金を稼ぎ放題だし、
逆に知らないと、
僕のように人生で損をし続けます。


今まで、トータル400万~500万知識課金しましたが、
お金が一時的に無くなろうと、
僕は一生学び続けるし、
友人にも学ぶことをおススメしてます。


バカでいいことなんて一つもないです。



世の中を見渡した時に、
日本人のほとんどは、
お金がないって言ってるのに、
ランチには1000円2000円平気で使います。

本屋さんに売ってる
ビジネス本1000円2000円にお金を使って、
お金を稼ぐための知識を学ぶってことすらしません。


飲食店を起業してるのに、
以前の僕もそうでしたからねwww




だから、
お金がないまま、
我慢だらけで、
つまらない人生になっていくんですよね。




人生つまらないって思ってるんなら、
お金を自分で稼げるようになるのが
一番の解決策
です。


何をするにも、お金はかかります。
逆に言うと、お金があれば、
それだけで、できることの選択肢が増えるんです。




お金があれば、

大切な人と
世界中どこでも旅行に行けるし、

そこで、
美味しいものを好きなだけ
お酒も好きなだけ
堪能できる。


かっこいい車や
可愛い車にだって乗れるし、

良い家にも住める。


一気にできることが増えるので、
ワクワクがとまらなくなるはずです。



じゃあ、どうやってお金稼いだらいいのって
なると思いますが、


ビジネスを実際にやってみる
ってのが、一番手っ取り早いです。



資格を取ることでも、
大学に行くことでも、
専門書を読むことでもありません。


飲食店をしているので、
料理を例にあげますが、
料理ができるようになりたいって思ったときに、
一番手っ取り早いのって、
自分で作ってみることじゃないですか?


だから、
お金を稼ぎたいのであれば、
実際にやってみるのが一番です。



資格を取ったところで、
1円も自分でお金を稼げるようになりませんし、

大学に行ったところで、
1円も自分でお金を稼げるようにはなりません。

専門書を読んでも、
実際にやってみなければ1円もお金は稼げません。


まずは、
実際にやってみましょうってことです。


飛び込んでみたら、
○○がわからないってことが出てくるから、
その時に分からないことを学んだらいいんです。



また、料理を例にあげますけど、

ハンバーグを作るんだ!ってなってから、
作り方が分からなかったら調べますよね?
そして、必要な材料や作り方を学ぶ。



だから、ビジネスも一緒なんですよ。



ビジネスって聞くと、
なぜかやる前から、
身構えちゃうと思うんですけど、
一度やってみてから、
その後どうするかなんて考えたらいいんです。


僕もやる前、
そんな感じだったんで気持ちはすごくわかります。


でも、一度やってみるって言ったって、
そんなお金ないよ。
ってなっても、大丈夫です。


飲食店のような店舗ビジネスだと
僕の場合で始めるのに約600万、
かかりますが、



ネットビジネスなら、
始めるのに、
ほとんどお金なんてかけずにできます。
スマホ一台で稼いでる猛者もいます。




ビジネスの世界に飛び込んで、
お金を稼ぐのが当たり前じゃん!
って環境に身をおけば、
嫌でも、知識や行動が変わります。


異次元の格上経営者と会ってると、
稼いでる基準や知識や情報量が桁違いに違うから、
それが自分にアップデートされ、
また稼げてしまう。


どんどんと自分の常識が破壊され、
当たり前の基準が変わる。



身を置く環境をどこにするかで、
人生が変わります。


逆にこのままお金がない人と
行動を共にしていたら、
どんどんとお金がなくなる
環境に染まっていきます。



外食、旅行、趣味にばかり
お金を使う連中と
全く同じ行動を取っていたら、
お金は減る一方です。


逆に、
お金をどんどん増やす
連中と
全く同じ行動を取っていたら、
お金は増えていきます。


未来は、自分が選んでるように見えて
環境が未来を選んでしまっているのが現実です。


だから、
人生を変えたいなら
ビジネスに挑戦して、
真っ先に、環境を変える必要があります。



僕は、お金を増やしたかった
そしていち早く稼ぎたかったから
環境を変えるために、
200万のコンサル費を払っただけです。



資格取るために行く専門学校や
良い企業に入るために行く大学と一緒です。



環境を変える手段としてお金を使いました。






環境が変わって、
正しい努力が出来れば、
割と人の人生なんて案外簡単に変えることができます



このブログを見ている読者さんが、
僕の話を信じようが信じまいが自由です。


嘘をついたってメリットなんてないし、
1円にもなりませんからね。
むしろ、
時間の無駄遣いというデメリットしかありません。



わざわざ時間を使って、
読んでくれている読者さんには、
真実の情報を、



「一人にでも届けーーーーーー!!!!!!!」


って思って書きました。



信じて行動するかも自由です。


お金も時間も何もかも欲しいのであれば、
知識を盗み取って実践するもいいし、


バカにされようが笑われようが批判されようが、
そんなんどうだっていいです。


全てのエネルギーを自分に転換して
突っ走るだけ。


「年収1億に向けて突き進むのみ。」



僕から色々と盗み取りたい人は、
どうぞって感じです。



現状を変えたいと思ってる人

行動しなければ何も変わりませんが、
逆に行動さえすれば、
未来は絶対変わります。





今後も更新を楽しみにしていてください。


長い文章をここまで読んで頂き、
ありがとうございました。